Kさんとお面
Kさんは、熱川温泉の「王族」のご一統です。なにしろ、お祖母さんはあの有名な「細うで繁盛記」(と言っても、今の方はご存知無いかも知れませんね。昭和40年頃異常な高視聴率を誇ったTV番組なんですが…。)の、艱難辛苦をものともしないヒロインのモデルと言われている方ですから。
熱川温泉のペンション「ゲストハウス つくし館」は奥さんにまかせっぱなし。もっとも、有能な旅館の経営者たる秘訣は、良き女将をスカウトすることだけで、あとは見つけた女将にまかせっきりなんだそうです。で、Kさんは、見事に有能なることを証明して、お面の製作とお面館の館長職務にかかりっきり…に見えます。
それだけじゃないぞ、とご本人が抗議するかもしれませんからあえてフォローすると、お面館の合間を見てはミツバチの繁殖と蜂蜜の採取、竹炭焼きや自家製ベーコン作りなど…で忙しいんだとか。(やっぱ、あんまり本業には直接関係ありませんかね。)
Kさんは、生涯1,000面製作を目標としていて、現在までになんと700面を製作したそうです。その熱意と努力にはいつも心底敬服します。
Kさんのお面は、おそらく、エライ評論家の大先生なんぞにかかれば、芸術作品としてのオリジナリティに欠ける、なぞと言われること必至なものでしょう。
でも、Kさんは平気です。世間からどう評価されようが、作りたいものを作るだけですから。
私がいつも不思議に思うことは、Kさんのその情熱が一体どこから出て来るのか、です。Kさんのお面は、伝統的な能、田楽、猿楽などのお面や、日本中の古刹の仏像の顔面を拡大したもの…に見えます。中には、高さ3.5mの巨大なお面もあり、その大きさに圧倒されます。
私の知る限り、知り合いの彫刻家や画家たち芸術家は、いかに人と違うものをとか、世界中に己だけが作れるものとかいう、オリジナリティをひねり出すことに苦心しているように見えます。
Kさんのお面は、素人の私でさえ、写真や修学旅行でお目にかかったことのある高名な顔がたくさんあります。私には、Kさんがわざと、誰でも知っている顔やお面に似せておいて、実はオリジナルとはまったく違う印象を持たせようと、たくらんでいるように思えてなりません。
それというのも、お面は、第一印象こそオリジナルに似ていはいますが、型抜きではありませんから、実際はKさん流にアレンジしているのです。ちょうど、 似顔漫画みたいなもんでしょうか。写真と違い、特徴だけを強調して書かれているんだけど、何だかとっても似てるように感じる、ようなもんですかね。
さらに、お面の大きさがオリジナルの数倍から数十倍になると、その大きさだけですさまじい迫力が生まれて、まったく違う印象を受けてしまうから不思議です。
お面の材料は極秘のノウハウなのだそうですが、私にだけこっそり教えてもらいました。なんと、古新聞紙を溶かしたパルプを海草糊で固めたものなんだそうで、とってもリーズナブルかつエコロジーなんですね。
熱川お面館の内部
お面師だけあって、Kさんは相手の人相骨柄を見て、健康状態や性格、体のウィークポイントなどを直ちに判定します。まるで名医か易者のようです。 しかも、診断の根拠となる、古今東西の文献や学説なども説明してくれますから、ある意味とっても論理的で説得力がありそうに思えます。Kさんは、つくし館の宿泊客にも心身のウィークポイントを指摘します。ほとんどの人は、それなりに不健康な生活を送っていますから、Kさんの(正しくかつ手加減ない)指摘にはギクッとするでしょう。手加減なく聞こえるのは、実はKさんが、思うことを正直に話しているからからなんですが…。
ひそかに不安を感じる人がいても、Kさんは、診断のオマケに、養生法や正しい生き方の解説まで付けますから、フォロー満点に見えます。
でも、私は、指摘された当のご本人が、不満そうな顔をしているのを…何度か盗み見しました。他人から、大食いや酒煙草の飲みすぎなど、自らの不養生を指摘されることは、決して愉快じゃなんでしょうかね。(私も、お酒、ちょっと控えようかな…。)
だから、Kさんは孤高の人とならざるを得ません。そして、私は、そんなKさんが大好きです。
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